2005年07月18日

おはよう

 おはよう。
 さぁ、起きて。
 暖かな春の陽がキミを待っているよ。
 鮮やかな花はキミを祝福しているし、
 あえかな桜は、キミのために可憐なトンネルを用意してくれたよ。
 だから、怖がらずに、そのライナスの毛布を放してごらん。
 もし怖いというのなら、ボクがキミを守ってあげるから。
 だからーー

 おはよう。
 今日はあいにくの雨。
 でも、キミは起きなくちゃいけない。
 いつまでもそうしてはいられないだろ?
 外は怖いことばかりじゃない。
 雨の日だって楽しいことがあるようにね。
 水たまりの波紋だって、葉をうつ音だって、
 どれも晴れの日には見られないし、聞けないものだよ。
 それを見もしない聞きもしないというのは、
 ちょっとばかりもったいないんじゃない?
 だから、いってらっしゃい。
 お気に入りの傘を持っていくと良い。
 そうして、雨に唄えば、きっと楽しいからさ。

 おはよう。
 外では早起きの蝉が、うるさいくらいに鳴いている。
 小鳥だって、負けてない。
 昼間には肌を灼き尽くす夏の太陽も、
 この時間には、まだキミを心地良く迎えてくれる。
 少しずつ遠くなっていくボクにはわからないけれど、
 きっと、そこにも柔らかな風が吹いているんだろう。
 風が一番優しいのは、夏の朝だよ。
 エアコンの人工的な冷たさじゃない、
 海を渡り、森を揺らし、草原をそよいだ風の優しさ。
 それに触れれば、キミもきっと優しくなれるから。

 おはよう。
 森の木々はすっかり色づいているね。
 紅だとか黄色だとか。
 そんな葉を見ていると、ボクは自分の語彙の少なさに絶望を覚えるんだ。
 さぁ、起きて見に行くと良い。
 赤い葉、と言っても、ボクが伝える以上にいろいろな赤があって、
 黄色い葉、と言っても、ボクが伝える以上にいろいろな黄があるんだから。
 地面に落ちた葉を踏みしめるのも良いだろう。
 かさかさ、とてもきれいな音がするよ。
 離れていくボクは、もう紅葉を遊ぶこともできないし、
 葉音の音楽を奏でることも聴くこともできない。
 だから、キミがかわりにそれを楽しんでくれればいいな。

 おはよう。
 冬は早朝が良い、そう書き残したのは誰だったろうか?
 起きてみれば、彼女が本当に当然のことしか書き残さなかったがよくわかるよ。
 いや、もしかしたら、その当然のことを書く、
 それ自体が非常に意味のあることなのかもね。
 凛とする、そんな言葉があるけれど、とても良い言葉だと思うんだ。
 こんな晴れた冬の朝は、それを実感するよ。
 空気はこんなに冷たくて、刺すように痛くて厳しいはずなのに、
 それが苦痛じゃない。
 きっと、夜の間に降り積もった雪も、
 暗闇の中で浄化されたような空気も、
 みんな純粋だからじゃないかな。
 ボクのような人間でも、その純粋さが嬉しかったのだから、
 キミはきっと、この空気を気に入ってくれるはず。
 だから、その暖かなベッドから起き出してごらん。

 おはよう。
 ーーまだ、ボクの声は聞こえるかい?
 まだ、ボクのおはようは聞こえているかい?
 ずいぶん遠くまで来てしまった。
 もうすぐキミにボクの声は聞こえなくなる。
 ボクは、キミにおはようを言えなくなってしまう。
 でも、寂しく思わないで。
 ほら、また春がやってきた。
 去年と同じように、桜のアーチがキミを迎えてくれる。
 だから大丈夫だろ?
 穏やかな春の日も、
 濡れる梅雨の日も、
 鮮やかな夏の日も、
 色が踊る秋の日も、
 白が静む冬の日も、
 キミはいろいろなものを見つけ出せる。
 だから……さぁ、起きて。
 もう、声が届かない、キミへ。
 最後のおはよう、を……

"Good morning for you" is over.
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posted by 言人 at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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