2005年04月05日

束縛された生命

彼は、不自由だった。
産まれてからのそう長くはない年月、取るに足らない歳月でさえ、彼をがんじがらめに縛り付けていた。
親、兄弟、友人、幼なじみ、同級生、先輩、教師、同期、同僚ーー
彼に関わるすべてが、彼にとっては重荷でしかなかった。
行き詰まり、生き詰まっても、もがくことさえ許されなかった。
 彼は、ただ毎日を平静に過ごすだけだった。
 朝、静かに起き、適量の朝食を食べ、満員電車に耐え、会社では自らの使命を果たし、同僚には嫌われぬよう、上司には好かれるよう、最適な言葉を探す。
 耐えられない、逃げ出したかった。
 できることなら、もう一度はじめから……
 しかし、彼の周りのすべてがそれを許さなかった。
 縛る鎖。はめられた手錠。足枷は皮膚を破り、肉にめり込んでいる。
 逃げられない。逃げられない。逃げられない。

 そんな状況から救い出してくれたのが、学生時代からの友人だった。
 友人は、彼のために部屋を探し、誰にも知られないように引っ越しの手はずまで整えてくれた。
 彼は友人に感謝した。
「これで、やり直せるな。がんばれよ。ーー何かあったら、また俺を頼ってくれよ」
 新しい部屋に移った日、友人はそう言い残して去っていった。
 友人が帰って、はじめに彼がしたことは、少ない荷物を縛ってきた紐で、自分の首を吊ることだった。
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posted by 言人 at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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