2011年06月15日

Dk_01

 仕事中は、本を読めないから嫌いだ。
 でも、もっと嫌いな理由は、彼と離れていなければならないから。
 帰りの電車の中で本を読んで、文字の乾きは癒すことができるけれど、彼を求める乾きはさらに苦しさを増していく。文字を──小説を読むと、その向こうに、同じものを読んでいる彼の姿が見えるから。ページをめくる、ごつごつした意外に男らしい指。軽く伏せられた視線は、真剣に文字を追う。その指が、僕をなぞってくれれば。真剣な視線を、少しでも僕に向けてくれれば。そう考えると、本の内容なんて全然頭に入って来ない。
 駅からの道も、気をそぞろに急いで部屋へと帰る。

「あ、お帰り」
 その人──でるた先輩は、いつものようにソファに座って本を読んでいた。
「──ただいま」
 まるで、僕のことなんか、その読んでいる小説の一行にも如かず、という雰囲気に、僕は、その本に嫉妬してしまう。
「何、読んでるんですか?」
 そんな、本に嫉妬したって、何もはじまらないのに。
「ん? 電撃の新刊。こんこん先輩も読んでるんじゃないの?」
 そう言って彼が見せた本の表紙は、僕が帰りの電車で読んでたものと一緒だった。
「──それ、面白いですか?」
 本に、小説に罪はないのに。
「え? まだ読んでないの? うーん、まぁ、面白いよ。たぶん、こんこん先輩も気に入ると思うけど──」
「そんなのっ!」
 思わず、大きな声が出る。
「──そんな小説よりも、僕を……僕を……」
 僕は、いったい何を言ってるんだ?
「──おい、まさか、本に嫉妬してるのか?」
 ちょっと戸惑ったような、そして、子どもがおもちゃを見つけたような視線を感じる。
「悪い?」
「悪くないよ──それじゃあ、この本はここまでにしておくかな」
 栞を挟んで、テーブルに本を置いたでるた先輩の指が、僕の頬に伸びる。
「えっ」
「──そして、次は、こんこん先輩を読むかな」
 彼の指が、僕の頬に触れる。
 僕の指が、彼の指をさわる。
「お前も、俺を読んでくれよ?」
 でるた先輩のお願いに、僕は、
「──でるた先輩の本は、きっと面白いんでしょうね」
 そう、軽い皮肉を返すしかできなかった。
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posted by 言人 at 00:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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