2005年12月05日

12月の彼女

 僕が東京の大学に通うようになって、先に上京していた姉と一緒に暮らすようになってから半年以上経ったけれど、二人で出かけるといえば近所のスーパーがせいぜいで、こうして電車に乗ってまで買い物に来るなんてはじめてのことだった。どうして急に? と理由を聞いても、姉は何も答えてはくれず、僕はただそれを類推することしかできず、結局は幼かった頃にもあった気まぐれのひとつだろうと結論づけることにする。
 師走の街を行く恋人たちは、オレンジや淡く白いイルミネーションに照らされ踊っている。それぞれに些細な不幸せはあるかもしれないが、おおむね幸せな風景と言っていい光景だった。
「うぅ、やっぱり寒いね」
 洋服だとか化粧品だとかのショップの袋を持つ姉の手は素手のままで、赤く凍えていた。
「だから手袋はいた方がいいって言ったしょ」
 僕の手には、姉の倍の数のバッグがぶら下がっている。残念ながら、自分のものはひとつもない。
「なにそれ。思いっきり北海道弁丸出しぃ」
「そうかい?」
「うん。ちなみに、そうかい? っていうのも北海道弁っぽい気がするな」
「えー、それは嘘でしょ?」
「そんなことないって、東京に出てきて三年のわたしが言うんだから間違いないって」
 一緒に住んでいても、二人の生活のリズムは少しずれているし、そもそも互いをできるだけ干渉しないように、というのが僕と姉の間にできた暗黙のルールだったから、こうして二人で話すというのはあまりなかったような気がする。

「ねぇ、もうクリスマスだね」
「ああ」
「なんか予定とかあるの?」
「いや、別に……」
 たぶん、サークルの部室で集まって朝まで麻雀というのが妥当なところだろう。
「淋しいねぇ」
「そういう姉ちゃんは?」
「わたし? 今年は静かにキリスト様に祈りを捧げてみようと思ってね」
「つまりは、姉ちゃんも淋しいクリスマスってことか」
「ーーなんか生意気」
「姉ちゃんてさ、彼氏いなかったっけ?」
「うーん、なんとなくねー」
「うわっ、こんなクリスマス直前に別れたのか。せめて年明けまで待ってれば良かったのに……」
「ふん、思い立ったが吉日って言うしょ!」
「あ、それ北海道弁」
「う……」

「それにしても、ほんとに寒いね。北海道より寒いんでないかい?」
「姉ちゃん、もう完全に北海道弁になってるよ」
「いいしょや、それくらい」
「まぁ、別に良いけど。それにしても、確かに寒いね。北海道ほどじゃないけどさ」
「でしょ? だから手袋かたっぽちょうだい」
 僕の右手から手袋をはぎ取り、それを自分の右手に履かせる。
「うわっ、いきなり何すんだよ」
「いやぁ、やっぱり手袋しないと寒くてだめだわぁ」
 僕の右手は、姉に手袋を取られて素手になって、姉の右手は僕の手袋で温められて。
「あんた、こんなに手大きかったっけ? ぶかぶかだよぉ」
 曲げたり伸ばしたりしている指の先が、ひと関節分くらい余っていた。
 そんな彼女を改めて見る。
 顔が僕よりも頭ひとつ分以上低い場所にあるし、素肌が見えている指は、覚えていたものよりも細く見える。歩幅だって、僕の三分の二か半分しかない。少し、歩みを遅くする。
「いつまでも子供じゃないよ。姉ちゃんだってさ、もっとおっきくなかったっけ?」
「そう? あんたがおっきくなりすぎただけよ」
 そう言って、空いている左手で自分の頭の高さと僕の背を比べる。
 あの頃は、姉の方がずっと大きかったし、ずっと大人だった。でも、いつの間にか僕の背が姉の背よりも高くなったし、彼女ほどではないが大人になったつもりだった。でも、まだ僕は彼女の弟で、彼女は僕の姉だった。それはきっといつまで経ってもかわらない。僕が彼女よりも年上になることはないだろう。死が二人をわかつまで。
「姉ちゃんはさ、ずっと僕の姉ちゃんだよな」
「何言ってんのさ? あんたって馬鹿だけじゃないとは思ってたんだけどね」
「馬鹿じゃないよ……な、手、冷たいだろ?」
 姉の左手を、強引に右手でつかむ。
「ば、何すんのさ、いきなり!?」
「いや、僕も誰かに手袋とられたせいで右手が冷たくてね。その誰かに暖めてもらおうかな、と」
「もう、ばか……。繋いでるだけじゃまだ冷えるべさ」
 姉のコートの左ポケットに、二人の手が収まる。
「あったかいしょ?」
「うん。やっぱり姉ちゃんは姉ちゃんだよな」
「あたりまえさ。あんたも良い弟でいるんだよ」
 冬の街は、どこもかしこも恋人だらけで、姉と二人というのはちょっと淋しい気がしたけれど、とても暖かかった。

 二人で歩いている姿を友人に見られて、「お姉ちゃんが恋人事件」に発展することになったりするが、まぁ、それは別の話と言うことで。

"Winter Sister" is over.
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posted by 言人 at 00:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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