2015年12月02日

ss18

 鋭いカウント四連。
 ざわめきも戸惑いも吹き飛ばすような轟音の始まり。ローズウッドの指板を、彼女の左手の指が蠢く。誘っているのか、付いて来られる? と。あの夜の続きなのか、それとも、ここからの決別なのか。俺は、四弦を親指で撃ち抜き、二弦を人差し指で引き剥がし、追いすがる。歓喜に身をよじるような弦の震えを二台のシングルコイルピックアップが拾い、ジャズベース本体のサーキットが電気信号を愛撫するように床で蜷局を巻く漆黒のシールドに伝える。アンプまで到達した震えはトランジスタに暴力性を与えられ、スピーカーコーンから空気を陵辱する。彼女の指が震わした六弦は、ディストーションと真空管に犯されながら、空気中で俺の四弦と絡み合う。バスドラムのベッドの上、スネアの褥の中で愛し合う。お互い、最も感じるところはわかっている──唇と唇を繋ぐ唾液のようなシンコペーション、強く打ち付けるようなブレイク。パラベラムのようなスラップと、ジャックナイフのようなスイープ。
 永遠には続かないジャム・セッション。
 たった、数分間の快楽。
 その限られた時間の中で、可能なだけの痕跡を残そうと、右腕を振える限りの速さで弦に叩き付ける。彼女のギターは、そんな俺を玩ぶかのように軽々と遊ぶ。届かない手。その後ろ髪を見送るだけなのか? 脆く、崩れてしまうような空気の中、おそるおそる触れた柔らかな肌。覚えたての少年のように、求めるだけ。厭きた娼婦のように、いなす。それでも、離れることを厭う身体と、身体。指が、唇が、足が、身体の隅々まで、感じる心。火がついた導火線は、消えることを知らない。淫靡な硝煙の香り。高みまで登り詰める。限り無ない漸近線。
 身体を入れ替えるようなブリッジ。そして、貪るだけのサビ。
 何度も、何度も。
 響く喘ぎのようなギターリフ。背中をなぞるようなベースライン。
 慈しむように。
 愛したことは、罪ではない。溺れたことは、間違いではない。
 ただ、俺と、彼女のどちらもが、すべての原因であり、たったひとつのメロディーだった。
 愛しさも、悦びも、切なさも、嫉妬も、憎しみも、すべてが、五線譜の上の物語。
 そして、今、その物語に終幕を──
 果てたのは、彼女と俺、どちらが先だったのか。
 高音部のフレットで抑えられた細く美しいギターの一弦が、フィードバックで快楽と悲しさを増幅させていく。ベースの四弦は、低く、限りなく低く、解放されたやるせなさを溜息のように漏らしている。
 オクターブを隔てた、別れの言葉。
 余韻の中、俺は、この感触すべてを忘れることはないだろう、と思っていた。

"Last GIG" is over.
posted by 言人 at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月01日

ss44

「先輩、指きれいですね」
 彼女が突然そんなことを言い出したのは、二人、喫煙所でちょっと休憩、なんてしてるときだった。
「そんなこと言われたの……初めてかも」
 自分ではそう思ったことなんてないし、ちょっと恥ずかしい。
「そんなぁ。きっと、みんな見る目がなかったんですよ」
 そう言って、彼女は、タバコを持っていない、私の左手に触れる。
「そう……かなぁ……」
 細い指の感触に、ドキドキと胸が高鳴る。誤魔化すように、タバコを口にする。
「そうですよ──」
 そして、そのまま、私の指を顔の前まで持っていく。
「──!?」
「こんなに、いい匂いだってするのに」
 くんっ、と軽く匂いをかいで言う。
「ちょ、何やってるのよ。──タバコ臭いでしょ?」
 その指先が、自分のものじゃないみたいに熱くなりそうで、こわくて、逃げるように振り払う。
「でも、それも、わたしの好きな先輩の匂いなんですけどね」
 そう呟く彼女に、私の心の匂いも見透かされてしまいそうで、
「もう、そんなこと言わないの」
 と、灰皿にタバコを沈めた。
posted by 言人 at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。