2007年12月09日

ss14

#ss14

 師走。故郷では、もう十分な量の雪が降っているだろうが、遠いこの街では、まだひとかけらの雪も見てはいない。まさか、二年も続けて全く降らないと言うことはないだろうが、近年の異常気象では、この雪が降らないというのが当然のこととなってしまってもおかしくはないだろう。
 しかし、そんな地球人類の問題の前に、僕には自分自身の問題が大きく立ちふさがっていた。いや、この季節にひとりでいると言うことは、僕にとっては格別めずらしいことではないし、今更どうこういうほどのものではない。とは言っても、それが今の状況に無関係かと言うと、そういうわけではなく、むしろ、大いに関係があると言ったほうが良いだろう。つまり、どういうことかというと、今の僕は、今年のクリスマスを意中の人と過ごすべく、思い切って告白してみたが、残念ながらふられたあとであり、こうしてひとり午後のコーヒーショップで寂しくブレンドをすすりながら、孤独を噛み締めているところなのだ。
 僕だって、木石ではないので、それなりに恋だってしてきているし、好きになれば必ず結ばれると言う訳でもないのを知っている。現実はハッピーエンドが待っている安いドラマじゃないし、予定調和ばかりの三文小説でもなければ、答えのわかりきったゲームでもない。いくら経験しても、決して慣れることのない痛みだらけだ。痛みは、こうしている間にも僕を苛む。友人たちと夜通し酒を飲んでも、笑いながらゲームに興じても、ふとした瞬間に、僕は自分にできた傷の大きさに気がついてしまう。誰かに話せば? それだけのことで傷が癒えると言うのなら、僕はふられたその日のうちに元通りになっていただろう。
 往生際の悪いことに、僕は彼女のことを今でも好きだった。さっさと次の恋を探せば良いのだろうが、あいにく僕はそれほど器用な人間じゃない。どちらかと言うと、不器用なほうだと言っても差し支えない。こうしている間にも、頭の中には彼女のことばかりが浮かんでくる。吐き出すタバコの煙と一緒に、彼女の記憶も空気に解けていけば良いのに、と思うが、それは脳裏に深く刻み込まれていて、何本のニコチンを摂取しようとも、いつまでも残り続けている。
 こんな状態なのだから、まともに文章など書けるはずもなく、目の前に広げたMacのテキストエディタには、まだ1バイトの文字も書かれてはおらず、来週に迫ったサークルの会誌の原稿は絶望的な状況と言っても良かった。
 今から原稿を集めて、クリスマス前にはオンラインで後悔。テーマは「クリスマス」。どうして僕は、そんな企画に賛成してしまったのだろうか? 聴いていれば、何かのインスピレーションを得られるかも、と聴いていたビートルズが「愛は買えないんだぜ?」と分かりきった口をきいている。そんなの知ってるさ。だって、僕はそいつを失ったばかりなんだから。いくら「愛してよ!」「君と手をつなぎたいんだ」と言ったところで、そう簡単には行かないものだ。
 もう、どうせだったら、幸せいっぱいのハッピーエンド・ラブストーリーでもでっち上げてやろうか? 自虐的な考えさえも浮かんでくる。一度考え始めれば、あとはもう書くだけだ。QWERTYに指を走らせる。そして、ヒロインの描写を書きながら、知らずのうちにCtrl+A、そしてDel。気がつくと、ヒロインの姿として彼女を思い浮かべていた自分に嫌悪感。
 彼女は、今でも、僕の耳の中、そして目の中に。
 やっぱりだめだ。今の僕には消化なんて無理だった。時間が過ぎて、この恋が、あの遠い日の恋と同じようになるまで、ひたすらに膝を抱えているしかない。
 OSをスリープさせて、ノートを閉じる。店を出る前に波立った心を落ち着けようと、タバコに火をつける。
 ――ハートに火をつけて、はドアーズのナンバーだったか。火をつけたら、きちんと最後まで責任を持って消化してほしい。そうじゃないと、後に残るのは、真っ白に燃え尽きた灰色のガラクタだけなんだから。
 自分の心情と燃えていくタバコを重ね合わせるのにも飽きたので、荷物をまとめてコーヒーショップを出ることにする。Macとメモ帳を鞄に入れて席を立つ。トレーの上には、冷めたコーヒーと、山のように折り重なったタバコの死体。

 数歩進んだところで、後ろから呼び止める声。
「あの、これ忘れてますよ」
 その言葉に、初めて隣に座っていた人を認識する。
 方よりも少し下のあたりでそろえられた、まっすぐな髪。軽い栗色の髪と白い肌のコントラスト。モノクロームだった心が、自然の色に染まっていく。細い指には、僕が置き忘れたペンがある。そして、大きな瞳が、窺うように僕を見ていた。
「あの――どうしたんですか?」
 立ち尽くす僕を不審に思っているような声も、その女性の涼やかな響きだと、なぜか気にならなかった。
「いや、なんて言うか……」
 僕は、今離れたばかりのテーブルにもう一度トレーを置いた。
「まだコーヒーが残ってるし、もう少しゆっくりして行こうかなって」
 そして、ごまかすように笑う。
「そんな、コーヒーが残ってるなんて、立つ前に分かってるじゃないですか。もう、面白い人ですね」
 そう言いながらも、彼女の表情に不快感は見られない。
 もう恋なんてしないと誓ったのは、本の数分前のこと。
 移り気、節操なし、浮気性。
 今の僕は、そんな言葉だって甘受しよう。
 この恋が最後になるとは思わない。むしろ、最後になる確率のほうが少ないだろう。でも、僕は恋をせずにはいられない。好きになる気持ちを止められない。
 だから、痛みを恐れずに、傷を忘れることなく進んでいく。
「ええと、ありがとう。これ、大事なペンなんだ」
 彼女から、パーカーのペンを受け取るとき、微かに指が触れた。高鳴る胸。
「もう、そんなに大事だったら、忘れちゃだめですよ」
 僕は、このとき理解した。
 恋をするのに、理由はいらないと。
「うん。今度からは気をつけるよ。
 ところで――」
 そして、恋をしたら、もう引き返せないことを。

"When I fall in love." is over.
posted by 言人 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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