2015年12月02日

ss18

 鋭いカウント四連。
 ざわめきも戸惑いも吹き飛ばすような轟音の始まり。ローズウッドの指板を、彼女の左手の指が蠢く。誘っているのか、付いて来られる? と。あの夜の続きなのか、それとも、ここからの決別なのか。俺は、四弦を親指で撃ち抜き、二弦を人差し指で引き剥がし、追いすがる。歓喜に身をよじるような弦の震えを二台のシングルコイルピックアップが拾い、ジャズベース本体のサーキットが電気信号を愛撫するように床で蜷局を巻く漆黒のシールドに伝える。アンプまで到達した震えはトランジスタに暴力性を与えられ、スピーカーコーンから空気を陵辱する。彼女の指が震わした六弦は、ディストーションと真空管に犯されながら、空気中で俺の四弦と絡み合う。バスドラムのベッドの上、スネアの褥の中で愛し合う。お互い、最も感じるところはわかっている──唇と唇を繋ぐ唾液のようなシンコペーション、強く打ち付けるようなブレイク。パラベラムのようなスラップと、ジャックナイフのようなスイープ。
 永遠には続かないジャム・セッション。
 たった、数分間の快楽。
 その限られた時間の中で、可能なだけの痕跡を残そうと、右腕を振える限りの速さで弦に叩き付ける。彼女のギターは、そんな俺を玩ぶかのように軽々と遊ぶ。届かない手。その後ろ髪を見送るだけなのか? 脆く、崩れてしまうような空気の中、おそるおそる触れた柔らかな肌。覚えたての少年のように、求めるだけ。厭きた娼婦のように、いなす。それでも、離れることを厭う身体と、身体。指が、唇が、足が、身体の隅々まで、感じる心。火がついた導火線は、消えることを知らない。淫靡な硝煙の香り。高みまで登り詰める。限り無ない漸近線。
 身体を入れ替えるようなブリッジ。そして、貪るだけのサビ。
 何度も、何度も。
 響く喘ぎのようなギターリフ。背中をなぞるようなベースライン。
 慈しむように。
 愛したことは、罪ではない。溺れたことは、間違いではない。
 ただ、俺と、彼女のどちらもが、すべての原因であり、たったひとつのメロディーだった。
 愛しさも、悦びも、切なさも、嫉妬も、憎しみも、すべてが、五線譜の上の物語。
 そして、今、その物語に終幕を──
 果てたのは、彼女と俺、どちらが先だったのか。
 高音部のフレットで抑えられた細く美しいギターの一弦が、フィードバックで快楽と悲しさを増幅させていく。ベースの四弦は、低く、限りなく低く、解放されたやるせなさを溜息のように漏らしている。
 オクターブを隔てた、別れの言葉。
 余韻の中、俺は、この感触すべてを忘れることはないだろう、と思っていた。

"Last GIG" is over.
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2015年12月01日

ss44

「先輩、指きれいですね」
 彼女が突然そんなことを言い出したのは、二人、喫煙所でちょっと休憩、なんてしてるときだった。
「そんなこと言われたの……初めてかも」
 自分ではそう思ったことなんてないし、ちょっと恥ずかしい。
「そんなぁ。きっと、みんな見る目がなかったんですよ」
 そう言って、彼女は、タバコを持っていない、私の左手に触れる。
「そう……かなぁ……」
 細い指の感触に、ドキドキと胸が高鳴る。誤魔化すように、タバコを口にする。
「そうですよ──」
 そして、そのまま、私の指を顔の前まで持っていく。
「──!?」
「こんなに、いい匂いだってするのに」
 くんっ、と軽く匂いをかいで言う。
「ちょ、何やってるのよ。──タバコ臭いでしょ?」
 その指先が、自分のものじゃないみたいに熱くなりそうで、こわくて、逃げるように振り払う。
「でも、それも、わたしの好きな先輩の匂いなんですけどね」
 そう呟く彼女に、私の心の匂いも見透かされてしまいそうで、
「もう、そんなこと言わないの」
 と、灰皿にタバコを沈めた。
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2011年06月15日

Dk_01

 仕事中は、本を読めないから嫌いだ。
 でも、もっと嫌いな理由は、彼と離れていなければならないから。
 帰りの電車の中で本を読んで、文字の乾きは癒すことができるけれど、彼を求める乾きはさらに苦しさを増していく。文字を──小説を読むと、その向こうに、同じものを読んでいる彼の姿が見えるから。ページをめくる、ごつごつした意外に男らしい指。軽く伏せられた視線は、真剣に文字を追う。その指が、僕をなぞってくれれば。真剣な視線を、少しでも僕に向けてくれれば。そう考えると、本の内容なんて全然頭に入って来ない。
 駅からの道も、気をそぞろに急いで部屋へと帰る。

「あ、お帰り」
 その人──でるた先輩は、いつものようにソファに座って本を読んでいた。
「──ただいま」
 まるで、僕のことなんか、その読んでいる小説の一行にも如かず、という雰囲気に、僕は、その本に嫉妬してしまう。
「何、読んでるんですか?」
 そんな、本に嫉妬したって、何もはじまらないのに。
「ん? 電撃の新刊。こんこん先輩も読んでるんじゃないの?」
 そう言って彼が見せた本の表紙は、僕が帰りの電車で読んでたものと一緒だった。
「──それ、面白いですか?」
 本に、小説に罪はないのに。
「え? まだ読んでないの? うーん、まぁ、面白いよ。たぶん、こんこん先輩も気に入ると思うけど──」
「そんなのっ!」
 思わず、大きな声が出る。
「──そんな小説よりも、僕を……僕を……」
 僕は、いったい何を言ってるんだ?
「──おい、まさか、本に嫉妬してるのか?」
 ちょっと戸惑ったような、そして、子どもがおもちゃを見つけたような視線を感じる。
「悪い?」
「悪くないよ──それじゃあ、この本はここまでにしておくかな」
 栞を挟んで、テーブルに本を置いたでるた先輩の指が、僕の頬に伸びる。
「えっ」
「──そして、次は、こんこん先輩を読むかな」
 彼の指が、僕の頬に触れる。
 僕の指が、彼の指をさわる。
「お前も、俺を読んでくれよ?」
 でるた先輩のお願いに、僕は、
「──でるた先輩の本は、きっと面白いんでしょうね」
 そう、軽い皮肉を返すしかできなかった。
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2011年05月18日

SS34

 今が幸せかって聞かれても、俺にはどうやって答えていいかはわからない。幸せと言えば幸せかもしれないし、そうじゃないと言えば、不幸せなんだろうなぁ、とか。その基準なんて、誰もが自分の中に勝手に持ってて、それを他の人がどうこう言う資格なんてないだろうし、俺だって、自分のそいつさえわからないっていうのに、誰かのそいつに口を出す気もない。
 だいたい、幸せってなんだよ?
 生きてれば、それで幸せなのか? 死んだら不幸せなのか? ただ、だらだらと腐ったように生きることが幸せだっていうんだったら、俺はきれいさっぱりと死にたいね。そう、首を吊ったって良い。そうだなぁ、NirvanaのLithiumとか聞きながらが良いかなぁ。あー、でも、首吊るなら、NirvanaよりもJoy DivisionとかNew Orderの方がいいかなぁ。やべぇ、なんかわくわくしてきたな。Joy Divisionだったら、Love Will Tear Us Apartとか良いんだけどなー、俺を取り合うような女なんていねーから、ちょっと寂しいよなぁ。New OrderのCeremony聞きながらきれいに逝くのもいいし、Let's Go聞きながらあの世に逝くのもいいよなぁ。あー、迷うね!
 今、こうしていろいろ考えてる時間のことを、幸せって言うのかもな。
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2011年03月27日

SS32

 その場所は、特別な場所だった。誰が言い始めたかは知らないけれど、その町に住んでいる人で、その場所を知らない人はいない──とは、言いたいけれど、もしかしたら、子どもは知らないかもしれない。あと、遠くの街から引っ越してきたような人も知らないかもしれない。それはつまりどういうことかって言うと、この町にひとつの高校に伝わる伝説みたいなもので、高校の裏山のてっぺんにある大きな岩のところには精霊? 妖精? が住んでいて、そこで告白をすると絶対にうまく行って、そして、二人は絶対に幸せになるっていう、いわゆる、学校の怪談というか、伝説というか、どこの学校にでもありそうな感じの、ありふれた伝説のある場所だった。──まぁ、裏山って言っても、山というよりは丘という方が正確なような、あんまり高いものじゃないけど。

「あー、今日もあそこで告白してる人いるよー」
 その学校の裏山を観察するとっておきのスポットが、うちの学校──この町でたったひとつの高校の屋上だったりするわけで。
「で、うまくいったっぽい?」
「うーん、あー、どうやっらおっけーみたいだよ?」
 屋上から、双眼鏡で愛を告白する風景を、意地悪くというか、趣味悪く眺めてるのが、俺と享奈の二人。
「ええと、今週に入って何組目?」
「──今日で三組目かな?」
 今日で三組というなら、今週だといったい何組になるんだろうか? 数学は苦手だし、よくわかんねーや。
「にしても、よく告白するカップルが鉢合わせしたりしないよなぁ。誰か、順番整理とかしてんのかな?」
「うん、あるみたいよ、それ」
「え、まじ?」
「まじまじ。なんでも、うちの生徒会の裏業務とからしいよー」
 へー、冗談半分だったのに、マジでそんなことやってる奴らがいるんだ。
「暇なんかなー」
「まぁ、こんなところで観察してるわたしらよりは忙しいんじゃないかな」
 うん、そりゃそうだ。

 屋上に吹く風が、享奈の髪をゆらす。空に溶けるような、淡い色。
「あれ、享奈、髪染めた?」
「うん。この前の日曜に」
 むー、この前の日曜ってことは、今週ももう木曜日だから、既にここで三日間も顔を合わせてたってことか……
「すまん。気がついてなかった」
「まぁ、わたしもそんな期待してないからねー。でも、普通、女の子が茶髪にしたりしてたら、すぐに気がつくもんだけどなぁ」
「そういうところに気がついてたら、今頃もっとモテてるって」
「あら、わかってるんじゃない。だったら、もっと努力しなきゃね」
「へっ。別にそんな努力したくねーし」
 と、強がってみるけど、
「そんな、『俺は硬派だぜ』的態度、今どき流行んないわよ?」
 享奈は冷たく一刀両断。
 俺は、ぐうの音もでない。
「──例えばね、誰かのことが気になって、その人のことばっかり考えるようになって、自分が硬派だとか、軟派だとか、そういうのがどうでも良くなって、あれ? 自分病気になった? って思っちゃったりするのが、『恋』ってことなんだと思うの」
「そりゃ、つまりは、今の俺には『恋』をするような資格はないっていうことか?」
「少なくても、わたしに対しては恋をしてない、ってことかしらね」
 そうなのか……むぅ。
「でもさ、恋とかって、よくわかんねーよな。
 だってさ、俺らがいっつも見てるあの裏山の上、あそこで告白してるような奴らってさ、きっと、別な場所で告白したって、きっとうまく行くんだぜ。別にあそこが『恋の特異点』って言うわけじゃなくてさ、『絶対にうまく行くような奴ら』があそこで告白するんだよ。だってさ、考えてみろよ。この町の若い奴──俺らみたいな高校生とか、中学生とか、一緒にあそこに行こうって言われたら、そりゃ、告白されるんだなってわかるじゃん。嫌だったら、そもそも一緒になんて行かないよ」
「それで、何を言いたいのかしら?」
 享奈が、俺の方を見る。
 双眼鏡越しじゃなく、彼女自身の瞳で。
 柔らかな茶色の髪が、太陽の光に溶けて、表情を柔らかく見せている。
「まぁ、ええとさ、享奈はさっき、俺に恋する資格ないって言ってたけど、恋ってさ、本当になんも見えなくなって、その人の髪型とか服装とか、もう、そんなんじゃなくて、その人がどんな表情だったか、とか、何を話したか、とか、それだけでいっぱいになったりもするんだぜ?」
 ええと、俺、何を言ってるんだろう?
「それで?」
「あー、だからさ。なんて言うかなぁ……」
 落ち着け、俺。
 ひと呼吸おく。
「あのさ、こっから見てるばっかじゃなくて、俺らもさ、あそこ、行かない?」
 俺は、真っ直ぐ裏山の上を指差す。
「──確かに、あんたの言う通りね。この状況は、既に告白されてるのも同じだわ……」
 彼女は、そう言って、はぁ、とため息ひとつ。
「や、やっぱりそうだよな……」
 ここまで言って、ただのピクニック! とかありえねーよな。
「それじゃあ、行きましょうか」
 とん、と彼女が歩き出す。
「え?」
「だって、行くんでしょ? そして、わたしに告白するんでしょ? ほら、早くしなさいよ!」
 彼女の後ろ姿に、彼女の言う通り、もっといろんな彼女のことに気がついたりしよう、そして、もっと、もっと享奈のことを好きになろう──今更なながら、そんなことを、胸の中で呟いてみた。

"Lover's attitude" is over.
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2010年09月17日

ss08

 ステンドグラスから、青く色づいた光が差している。
 外は、冷たい雨。いっそのこと、雪なってくれたのなら──と、ヒビナは祈らずにはいられなかった。寒さに震えるように、寂しさを抱き留めるように、ブレザーをかきあわせる。それでも、礼拝堂の冷たい床板は、彼女の身体だけでなく、心までも冷やしていった。
 雨音の向こうに、待ち人の足音を探す。
 秘密の、逢瀬。
 後悔はない。
 けれど、ヒビナは今でも迷っている。
 こうすることが、本当に私と彼女──スズツキのためになるのだろうか? 私たちは、幸せになれるのだろうか? と。
 しかし、ひとりではその問いに答えることはできない。
 なぜなら、問いは、ヒビナとスズツキのふたりに投げかけられたものだから。
 だから、答えを出すのもふたり。

 やがて、重たい木の扉が開かれ、雨音が礼拝堂の静寂を敲く。
「スズツキ……」
 振り返ったヒビナの目に飛び込んできたのは、冬だというのに、コートどころかブレザーも羽織らずに、きれいな長い髪を氷雨に濡らしたスズツキの姿だった。
「ねぇ、ヒビナ……」
 雨を引きずりながら、ゆっくりと前へと進む。
 扉の閉じた礼拝堂に、二人の少女が残された。
「濡れてるよ、スズツキ」
 手の届く距離に。
「うん。わかってる」
 けれど、触れられない。
「寒いでしょ?」
 触れてしまうと、そこで終わる気がした。
「ううん。大丈夫」
 だから、触れられない。
「嘘。そんなに震えてるのに」
 寒さだけじゃない。
「大丈夫、だから」
 濡れたブラウスに、透き通るような白い肌が透けている。
 礼拝堂に差す光は弱々しく、空気はだんだんと凍り付いていく。
 少女は、どうして良いのかわからない。
 目の前の少女を抱きしめて良いのか?
 目の前の少女に、全てを委ねても良いのか?
 ほんの少しの距離が遠い。
 二人の間を埋めるものは、何?
「私……」
 ゆっくりと手を伸ばすヒビナ。
 冷たくて、なめらかな頬。
「……いいの?」
 小さな声。
 それでも、心の底まで響くのは、礼拝堂の反響のせい? それとも、その言葉を待ち望んでいたから?
 問の答えを探すように。
 もう、二度と迷わないように。
 少しずつ、ゆっくりと二人の距離を縮める。
 濡れた身体を暖めるように、抱きしめる。
 そして、間近に濡れた瞳。
 吐息を、柔らかい頬に感じる。
 そして、彼女の唇と、彼女の唇の距離が零になったとき、二人の間に迷いはなく、哀れな子羊たちを、マリア様が慈しむように見つめていた。
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ss07

「遅いな……」
 裕一は、窓から冷たい雨の降る街を見下ろしながら呟いた。
 今日は、それほど遅くなることはないって言っていたのに。
 濡れる街は、彼の心の中までも、じっとりと湿らせていく。
 嫌な考えが浮かぶ。それを、振り払う。まるで、子犬がふるふると水をきるように。
 それでも、裕一は、不安を拭い去ることができない。
 指は、自然と啓一郎がよく座っているソファーを撫でていた。
 その上に座る者を求める。
 雨の街は、薄暗い。
 心に忍び寄る、闇。
 自分が、もう少し大人だったら、と思う。
 そうであれば、啓一郎の帰りが遅くなっても、これほどに不安に思うこともないだろうに。
 ──俺は、そういうお前の子どもっぽいところ好きだけどな。
 啓一郎は、よくそう言って、まるで子どもをあやすように裕一の頭を撫でる。
 その、細いけれど力強い指が、裕一は好きだった。

 がちゃ。
 玄関のドアが鳴る音。
「どうしたの? こんな遅く──」
 裕一は、それ以上続けられなかった。
「──遅くなった。すまない」
 答える啓一郎は、全身ずぶ濡れで、短く刈った髪からは、水が流れていた。
 白いシャツは、透けて、彼の鍛えられた身体に張り付いている。
 濡れるままに任せた、としか言えない。
 冷めていく啓一郎の体温とは裏腹に、裕一の心は、熱くなっていった。

 裕一は、何も事情を話そうとしない啓一郎を、とりあえず風呂にいれ、その間、啓一郎が好きでよく飲むコーヒーを淹れる。
 何があったの? それが聞けない。
 聞いたら、答えてくれるかもしれない。
 でも、それは僕が聞いていいことなの?
 自問自答を繰り返す。
 僕が子どもだから、決断ができないんだ。
 そう、自分を責める。
 外から聞こえる雨音が、彼の精神を責めていた。

 シャワーで身体を温めてきたあとでも、啓一郎は何も話そうとしなかった。
「ねぇ、コーヒーおいしい?」
「ああ」
「今日はね、ちょっといつもとブレンドを変えてみたんだけど、どうかな?」
「ああ、良いよ」
 言葉だけなら優しいかもしれない。
 けれど、啓一郎の顔は伏せられたままで、白いマグカップの中身は、ほんの少し口を付けられただけで、冷めるのを待っていた。

 雨音のノイズ。
 心音のスタッカート。
 浮かんでは、消える言葉。
 形にならない。
 それでも、形にしようとするのはなぜなのだろうか?
 言葉が、繋ぎ止めるから?

「──あの、さ」
 裕一が、すっと啓一郎の隣に座る。
「何?」
 啓一郎は、やはり、顔を伏せたまま。
「僕じゃ、ダメなのかな?」
 無理に、その顔をのぞき込まないように。視線を交えるのが怖いから。
「何が、だ?」
 ゆっくりと、裕一を見る。
 啓一郎が目にした、虚空を見つめるその横顔は、どこか思い詰めたような、そして、何かを決意したような、そんな不思議な表情だった。
「僕じゃ、啓一郎の力になれないのかな?」
 裕一も、顔を啓一郎の方に向ける。
 二人の視線が、絡み合う。
 互いに、見つめる。相手の真意をはかるように。
「そんなこと──お前こそ、俺のことなんて……」
「違うっ!」
 裕一の大きな声に、啓一郎がびくりとする。
「違うよ? 僕は、啓一郎のためになりたいんだよ?」
 ゆるゆると、裕一の小さな手が、啓一郎の頬に伸びる。
「僕は、啓一郎のためなら……」
 その、小さな手に、啓一郎の指が添えられる。
「俺こそ、お前がいないとダメだ……」
 流れる涙。

 冷たい雨は、降り止もうとはしていなかった。
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2010年07月24日

夏の暑さと猫の哲学戦争

「こんなに暑いと、猫だってだれちゃうわね」
「いやいや、猫だからだれてるんじゃね? だって、あいつらいつだってだれてるよ?」
「わかってないわね。猫はいつでもだれてるように見えるけど、あれは頭の中でいくつもの哲学世界をシミュレートして、この世界を滅亡の危機から救ってるのよ」
「おいおい、たかだか猫だろ? 奴らがそんなに高等な存在なのかよ?」
「もう、ほんとなんだからね!」

 東京が観測史上類を見ない猛暑に襲われた夏の日。
 猫による思索防御壁が無効化された第三次元世界は、第七都市世界からの思念波攻撃により滅亡した。後に、猛暑も彼ら、第七都市世界の攻撃であったことが明らかになるが、第三次元世界が再び繁栄を取り戻すには、犬と猫による独立共闘戦線の蜂起を待つしかなかった。
posted by 言人 at 14:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

愛とか明日とかそういうもの

「愛してる?」
 こんな言葉に意味なんてないことはわかってるはずなのに、それでも訊かずにはいられない。だって、わたしはあなたの愛を求めてるし、あなたが見せてくれる明日に希望を持ってるし、あなたと一緒に未来に待つ何かを探し求めていたいと思ってるんだから。
 でも、あなたの答えは、いっつも冷たい。
「うん、愛してる」
 その言葉の向こうには、わたしが求める明日も、希望も見えない。
 ねぇ、わたしを愛してるの?
 本当に愛してるの?
 愛しているなら、もっと、抱きしめて。
 もっと、ささやいて。
 ねぇ、見せてよ。
 もっと、あなたを。
 あなたが拓く明日を!
 そう思いながらも、わたしは今日も彼に問いかける。
「ねぇ、わたしのこと愛してる?」
 画面の中で微笑む彼に向かって。
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2010年03月23日

ss24

 高校生の頃、大人になればこんなふうに恋とかで悩むことなんてなくなるって思ってた。でも、あれから十年くらいたって、あの頃のわたしが考えていた大人の年齢になっても、まだ変わらずに恋で悩んでいた。
 というよりも、あの頃からずっと悩みっぱなしな気がしている。
 本当の恋って? 本当の愛って?
 そんな問いに答えるほどの経験はしてないかもしれないけど、わたしにとっては十分すぎるくらいの出来事はあったんじゃないかって思う。──ドラマみたいに恋をしたい、なんて考えたこともあったけど、そんなの、あたしには役者不足。もっと、平凡でもそこらへんにありふれているような恋愛でいい。どこにでも転がっていたとしても、それはわたしには特別になるはずなんだから。そう思えるくらいには「大人」になったつもりなんだけど。
「はぁ……」
 でも、休みの日の午後、カフェで一人でいると寂しさがこみ上げてくる。
 映画みたいな出会いを求めてるわけじゃないけど、なんか、寂しくない?
 気がついたら、手元のラテも冷めている。まるで、今のわたしの気持ちみたいに。
 読んでいた流行りの小説を閉じて、残っていたラテを飲み干す。さて、あとは部屋に帰って、掃除とか洗濯とかしようかな……
 そう考えると、また寂しくなってくる。
 だって、休みなのにデートの予定もなくて、考えることと言えば、家事のことだなんて。
 確かに、生活していくってこういうことなのかもしれないけど、何ていうか、これでいいのかな? という疑問はおさえられない。
 はぁ、せっかく外に出たし、天気も良いし、ちょっと遠回りして本屋さんにでも寄って行こうかしら。──ちょうど、今の本も読み終わりそうだし。

 川沿いの道は、もうそろそろ桜の季節。あと一週間もすれば、ピンクの花びらが水面に映ってとってもきれいになる。犬を散歩させてる人とすれ違ったりして、長閑だなぁ、なんて思いながら、間もなく訪れるだろう春の気配を思う。
 ──季節は春になるのに、わたしの春はいつ訪れるんだろうか?
 髪をくすぐる風にも春の匂い。
 暖かく、包み込むような太陽。
 こんな時、隣に誰かいてくれたら、って思ってしまう。
 ああ、もう! どうして今日はこんなことばっかり考えてしまうんだろう? 読んでる本が、恋愛ものだからかな?
 ついでだし、お気に入りの店でケーキでも買って帰ろうと決意する。
 としたところで、目的の書店に到着。
 雑誌コーナーを横目に見ながら文庫のコーナーに真っ直ぐと向かう。
「うーん、どうしようかな……」
 今の気分は恋愛ものじゃないな。もう、思いっきり重たいミステリとか読んじゃおう。と考えて、バリバリの本格ミステリを物色する。足は、いつの間にかハヤカワ文庫とか東京創元社文庫が並んでいるところに向いている。
「あ、この作家新しいの出てたんだ……」
 うーん、一度ハードカバーで読んだけど、また読んじゃえ。
 そう思って伸ばした指に、ぶつかる指があった。
「あ」
 声が重なる。
「す、すいません」
 声の主は、男の人だった。わたしよりもちょっとくらい年上だろうか? こざっぱりとした格好をしている。
「ええと、こちらこそ……」
 なんだろうか。こんなシーン、古い映画とか、子供っぽい少女マンガで読んだ覚えが……
「はい」
 と、その男の人が、わたしが──そして、その人が取ろうとしていた本を差し出す。
「え、あ、あの」
「この本、取ろうとしてたんですよね? 僕、ハードカバーで読んでるんで、譲りますよ」
 そう言って、ぎこちない笑みを浮かべてる。
 その表情にわたしは思わず吹き出してしまう。
「え、どうしたんですか?」
 彼は困惑した様子。
「だって、わたしもその本ハードカバーで読んでるんですもん」
「あぁ、そうなんですか」
 そして、彼も笑う。
 その顔が、なぜか気持ちいいと思ったから、
「あの、この作者、好きなんですか?」
 思い切って、そう言った。
posted by 言人 at 00:01| Comment(1) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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