2008年05月29日

light weight text010

 夜、雨上がりの不穏な夜空。
 月は厚い雲の向こう、今、どんな顔をしているのだろうか?
 泣いている?
 それとも?
 僕は、ただふらふらと、冷たい湿った空気の中を、歩くだけ。
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2008年03月02日

若き弟の悩み

 大学生活をはじめて数年。人ごみにも慣れ、東京という場所にいることについて、何の感慨も抱かなり、大学だとか、行きつけの飲み屋とか、それなりに自分の居場所というやつを持ったりして、すっかり都会での生活にまみれてしまったけれど、未だに慣れないこともある。
 大学のキャンパスの喧噪が、安いスチールドアの向こうに聞こえる。狭いサークルの部室は、僕が吐き出した紫煙で充満していた。箱の中を半分近く灰にしても、全くいい考えは浮かばず、待ちに待った新刊ミステリも、全く頭に入ってこない。
 仕方ないので、書店の栞を挟んで、ごちゃごちゃしたテーブルに、ひとつオブジェを加えてみる。
 そして、もう一本タバコ。
「もー、センパイ、またさぼって『緩慢な自殺』ですか?」
 と、ドアを開け放った瞬間に大きな声を出し、僕の孤独な空間に亀裂を入れたのは、二年後輩の女の子だった。
「あー、残念ながら、まだ生きてるけど」
 小煩い換気扇にあらがうように、言葉と煙を吐き出す。
「ややっ、それは有栖野センセイの新刊じゃないですか! 待望の新作はどうだったですか? やっぱり、往年の切れはなかったですか? それとも、完全復活ですか?」
 放り投げた本を目敏く見つける。
「わからん」
「わからんって、そんな、センパイにも判断が付けられないような問題作?」
「そんなわけじゃなくて、まだ事件も起きてないし」
 正確に言うと、ストーリー的に事件は起きているが、ミステリ的な殺人事件は起きていないという意味だ。
「嘘だっ! センパイがまだ読んでない本を放置プレイにしてるなんて、あり得ない! しかも、有栖野センセイの新刊を!」
 びしっ、という効果音でもつけてやりたくなような、見事なポーズ。
「残念だったな。これが全然あり得る。というより、今まさにその状態。まだまだ名探偵にはほど遠いな」
 と、名探偵に憧れて、自らも名探偵を目指し、ミステリ研に入部するという今時珍しいくらいに間違っている彼女をからかってみる。
「むむむ。やはり、名探偵の道は一日にしてならずですか」
 そう言いながら、隅っこに座り、何事かを思案する顔。
「じゃあ、一体何を悩んでいるんですか?」
 しかし、こんなふうに唐突に言い始めるあたりが、名探偵の資質あり、か。
「いや、別に、悩んでるわけじゃないし」
「そんな嘘、このワタシには通じないですよ! センパイが何よりも好物のミステリを読めないほどの状況なんて、何かに悩んでるくらいしか思いつかないですよ!」
「うーん。そんなことはないんじゃないか? 突然目が見えなくなって、読みたくても読めないとか、そういうこともあり得る。早計に結論を出してはいけない」
「ははは、そんな嘘はワタシには通じんよ! というより、そんな言い訳を始めるあたり、図星じゃないですか?」
 じりじりとにじり寄ってくる。
「だから、なんでそう言える?」
 との問いに、自信満々でこう答えた。
「それは、名探偵の直感です!」
 ──やはり、僕には名探偵と女の考えはわからない。そう悟った。

「だったら、一体何に悩んでいるか当ててみろよ」
 どうせ本も読めないような状態なんだから、後輩で遊んでみるのも一興。
「そうですねー。一般的に大学生の悩みと言えば、男女関係とか、学校の成績とかが一般的ですよねー。あと、哲学的な悩み──自分のアイデンティティとかそういうのもありますねー。で、センパイの場合は、まず学校の成績は除外できるっと」
 指をぴこっと折る。
「どうしてそう言える?」
 ミステリ研らしく、論理的な説明を求める。
「そんなの簡単ですよ。センパイが成績のことで悩むような人なら、ずっと前に悩みまくって若きウェルテルですよ。緩慢な方法じゃなくて、もっとはっきりくっきりすぱっと自殺ってるんじゃないですか?」
 確かに、反論できない事実だが、二年前の僕よりも低空飛行の彼女には言われたくない。
「ま、まぁ、そこは認めてやるか」
「いやいや、ワタシも、センパイという人がいて、ずいぶん勇気づけられてますよ。こんなにダメでも大学にいていいんだって」
 いや、それ、フォローになってねーし。
「哲学的な悩みというのもないんじゃないですかねー。確かに、自殺した作家の小説とか自殺したアーティストの音楽とか、そういうのは大好物みたいですけどー。というより、いっつも思ってるんですけど、かなり趣味悪いっすよー」
「何っ! 貴様っ! カート・コバーンを侮辱するかっ!」
「そんなつもりはないっていうか、誰ですか、それ?」
 ……最近の若者は、ニルヴァーナも聞かないらしい。
「と、話を戻すと、そんな方向に悩むような人なら、とっくにメンタルってるはずだから、これも違う、と」
 さくっと話を流される。
「説教したいことは山ほどあるが、じゃあ、いったい何が原因で悩んでるって言うんだ?」
 ここは、ぐっと我慢するのが大人。
「ふふふ。残される可能性はひとつ! ずばり、男女関係ですね!? いったい、どこの誰に一目惚れしたんですか? あ、もしかして、ワタシ? あ、あの、何ていうか、ワタシ、センパイになら……」
「いや、それはないから安心しろ」
「ひどっ! 安心しろと言いながら、全く安心できないし、ぐさっと胸に突き刺さる一言っ! この、鬼畜がっ」
 彼女の言葉も十分にひどいと思うが。
「──言いたいことは、それだけか?」
「あ、すいません、ちょっとはしゃぎすぎたですよ。でも、センパイが悩んでるなんて、ちょっと珍しくて、つい……」
 そう言いながら、ぺろっと舌を出す。
「でも、ちょっとだけ本気ですからね」
「そういうのは、もっと雰囲気を作ってから言う方が効果的だぞ」
「って、ここは、聞こえていたとしても、わざと聞こえないフリをして、『何か言ったか?』『い、いえ、なんでもないです』って、お約束青春ドラマを演じてみるところじゃないですか!」
 残念ながら、トレンディドラマの役者でもないんで、そういうのはお断りだ。

「それにしても、ほんとに何なんですか? 待ちに待った新刊、ダメだった場合が怖くて読めないとか?」
 うーん。さすがに、これ以上引っ張るようなネタでもないし、こんな後輩でも一応は女、もしかすると、いい解決策を出してくれるかもしれない。
「いや、実は、もう三月だろ」
「そうですねー。せっかくの春休みなのに、無駄に過ごしてますよねー」
「で、三月には、ホワイトデーがあるだろ」
「うわー、ワタシの発言は、右から左に受け流しますかー。って、ホワイトデーって、何ですか!」
「ホワイトデーはホワイトデー。お菓子メーカーの販促戦略」
「いや、いくらワタシだってそれくらい知ってますよ! と言うより、ミステリ研で配ったバレンタインのお返しに何をもらえるか、今からドキドキですよ! ……もしかして、ワタシへのお返しを何にするか迷ってるんですか? それなら、ワタシ、センパイからの愛がもらえれば……」
「一般的な女の人って、どんなお返しがいいのかな?」
 後半は聞かなかったことにして訊いてみる。
「だから、ワタシはセンパイの──」
「お前じゃなくて、普通の人の場合を訊いている」
「うう、センパイのいぢわる……。
 でも、ということは、誰かにお返しするんですよね? ということは、誰からかバレンタインのプレゼントもらったってことですよね? 誰ですか? サークルの人? 学部の人? それともそれとも……」
 こいつも、やはり女の子。いわゆる色恋の話には飛びついてくる。
「そんな詮索はいいじゃないか。それよりも、どういうのがいいんだ?」
 しかし、それにつきあってやる義理はない。
「でも、相手がどういう人かわかんないと、やっぱり考えられないですよ? ワタシは、メリヴェール卿じゃないんですから」
 巨漢の名探偵が、女心に聡かったかどうかは疑問だが。
「しかしなぁ」
「別に、変な詮索しようっていう訳じゃないですよ。ただ、一般的な女の人っていっても、女子高生とOLじゃ、欲しいものが違うじゃないですか?」
 まぁ、確かに彼女の言うことにも一理ある。
「そうだなぁ……相手は、三歳年上で……」
 仕方なしに、話し始めるが……
「うおっ、いきなりの年上好き告白ですか! ワタシの方を向いてくれないのは、それが原因ですか!」
「……やっぱり、いいや」
「いや、すいません。黙って聞きます」
 ちょっと反省してるような表情。
 誰かの知恵を拝借したいのはやまやまなので、許してやることにする。
「まぁ、それで、一応働いている人で、バレンタインのプレゼントもらったんだが、それが、意外に高いもので、一体何を返していいのか悩んでる」
「うーん。それだけじゃあ、全然わかんないですよ。相手の人が、一体どういうのが好きなのか? とか、そう言うのがわかんないと、効果的な対策もたてられないですよ」
「何が好きか、かぁ。そうだなぁ。改めて考えてみると、なかなか思い浮かばないなぁ」
「それじゃあ、何をもらったんですか? プレゼントって、相手の好きなものっていうのもあるけど、自分の好みとか結構出るもんですよ」
 おお。それはいい考えだ。
「ああ。もらったのはこれ」
 そう言って、首からチョーカーを外して彼女に見せる。
 小さなシルバーのプレートがついた、シンプルなやつ。普段、アクセサリをつけない僕でも、それほど気にせずつけられるようなやつだった。
「うおー、ちゃんと普段からつけてますか! もう、ラブラブじゃないですか! って、すいません。それにしても、こういうのですかー。ふーん」
 普段からつけているのは、つけていないと怒られるからで、それを言うと、また彼女がヒートアップしそうなので黙っておく。
「で、どうだ?」
「そうですねー。アクセをもらったんなら、普通にアクセでいいんじゃないですか? ピアスとかリングとか。無難ですよ」
「そんなもんかぁ……。じゃあ、今週末でも買いに行くかなぁ」
「じゃあ、そのときはワタシも一緒に……」
「それは却下だ」
「ひどっ。せっかく相談に乗ってあげたのに! そこから始まる恋があってもいいんじゃないですか! って、そっか、もうセンパイはそのOLさんのものなのね……」
 よよよと泣き崩れる。
「いや、なんか誤解してるみたいなんで、言っておくけど、別に、恋人とかじゃないぞ」
 この状況を放置すると、次の日には、OLと恋に落ちている自分が、知らぬ間にキャンパスを一人歩きしている。
「え、じゃあ、一体どんな関係の人なんですか?」
「姉ちゃん」
「え?」
「だから、姉ちゃん。姉。女の兄弟」
 まったく、働き始めてお金に余裕ができたからなのか、いきなりアクセサリーとか、お返しに困るようなものを──
「……っ」
 と、彼女の様子が少しおかしい。いや、おかしいのはいつものことだけど、そう言うのとはちょっと違う。
「おい、どうした? 何か変なものでも食べたか?」
 先輩として、こういうときはしっかりしないと。
「って、違うわー! このブラコンシスコンがーっ! 紛らわしいわーっ!」

 そんなわけで、結局次の日には、姉とラブラブな僕がキャンパスを闊歩し、三月十四日には、姉がピンクシルバーのリングを左の薬指にはめようとするのを全力を持って阻止しなきゃいけない状況になったりしたが、がんばれ、僕。

"White day panic!" is over.
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2008年01月20日

ss16

 こうなってしまった経緯は、もういらない。
 ただ存在するのは、相手と自分が対峙しているという事実のみ。
 それ以上に必要な情報など今は必要なく、わたしが下すべき決断は、単純に彼女を亡き者にするということのみ。そして、その決断は既になされている。いや、この場に立つ前に、それは既に済ませてきた。彼女とて、同じだろう。
 今、この場に立っているということは、互いに殺しあうということに他ならないのだから。
「もう、覚悟はできた?」
 彼女の声が、高い天井に響く。
 幼い頃から聞き慣れた声。わたしの好きな声。
「ええ。あなたを殺す覚悟なら、もうずっと前にできている」
 なぜ、殺しあうことになったのか。
 運命とは、かくも残酷なものなのか?
 有史以来、賢者が何度も繰り返してきた台詞。
「そう。それじゃあ、今から私に斬られるという覚悟はできていないと言うの?」
 きれいな顔が、歓喜に歪む。
 常にそばにいながらも、届くことはなかった笑顔。
 十代の少女にしか見えない肢体には、古の武人すら凌駕する力と、人類科学の粋を集めた剣技が隠されているのを知っている。
「お嬢様こそ、わたしに殺される準備はできましたか?」
 負けずに言い返し、白いワンピースに包まれた彼女を切り裂く自分の刀を夢想する。奥底から沸き上がる言いようのない高揚感。
「ふん。高々使用人風情が、私を傷つけられるとでも思っているの?」
 嘲り。
 これが、彼女の深層に眠っていた心理だったというのか?
 幼き頃から十年以上ともに過ごし、かよいあっていたと思っていたのは、自分だけだったのだろうか?
 そう思うと、やりきれない。
 だからこそ──自分が、終わらせなければならない。
 想うが故に、殺す。
 他の者になど、彼女を傷つけさせない。
 彼女を傷つけられるのは、彼女を切り刻めるのは、彼女を撃ち抜けるのは、彼女を殺せるのは自分だけだ。
「わたしは、そのように作られていますから」
 彼女とは対照的な黒衣。わたしの腰には一振りの刀。足下まで覆い隠す長いスカートの中には、何挺かの拳銃。
「へぇ。大人しい顔してると思ったら、そんなこと仕込まれてたんだ。やっぱりみんな、私がいつかはこうなるって知ってたんだ」
 無邪気に笑いながら、手に持った刀についた血を拭う。
 もう、何人の血があの鋼に吸い込まれていったのだろうか? 官能的にすら映る濡れた刀身。
「このような結果になってしまって、非常に残念です」
 左手を鞘に添える。
「嘘ばっかり。本当は私に殺されることを喜んでいるくせにっ。あはっ、私、あなたがそういうの好きだって知ってるんだから」
 殺される?
 いや、それはない。
 わたしは、自分が勝つことを疑ってはない。
 戦場に立つとき、己が負ける姿を想像している者はいない。
 脳裏に浮かべるのは、相手を斬り伏せ、生き残っている自分の姿だけだ。
 わたしは、彼女を殺す。
「──もうそろそろお時間です。始めましょうか、お嬢様」
 これ以上、時間はない。
 あと数刻すると、近衛兵団が到着してしまう。いくら出遅れたとはいえ、彼らもそれなりに無能ではない。そして、どれだけ彼女が万夫不当と言えども、一騎当千の近衛兵団一個中隊相手では、生き残ることはできない。
 彼女を殺すのは自分だ。
 今決まっているのはそれだけ。
 他の何者にも殺させない。
 もし運命というものがあるのなら、それは、今ここで彼女と闘うことではなく、わたしがこれから彼女を殺すことを指すのだろう。
「うん。いいよ」
 血刀をぶら下げ、彼女が歩み寄る。
 あまりにも不用意な、そして隙がない。
 これが、呼吸するように人を殺せるようにまで創り上げられた殺人技術を体得した者の動きか?
 しかし、彼女がそうであるように、わたしもそれを止めるべく作り上げられた存在。
 彼女が何者をも切り伏せるというのなら、わたしはその刀を打ち砕く。
 腕と一体となり跳ね上がる斬戟。
 わたしの右手は動かず、身体をさばくだけ。
 間髪入れず、横に薙ぐ剣風。
 後ろに下がりやり過ごす。
 追うように突きが放たれる。
 回り込もうとしたところには、既に刃が待っている。
 逃げようのない、刀筋。
 段々とスピードのあがる攻撃。
 流れるような銀色に、いつしか赤い糸がまとわりつく。
 それは、わたしの血。
 彼女と、わたしを繋いでいる、細い糸。
 陽炎のような、白日夢のような。
 断ち切らなければいけないのは、彼女の命ではなく、わたしと、彼女を繋ぐ、この細く美しい糸だった。
 右手が柄を握る。
 一閃。鞘走。
 光速で奔った刃を、彼女は引いて避ける。
 一筋、伸びる赤糸。
 わたしの刀が、その糸をとらえ、そして切断する。
 彼女と、わたしの間にあった糸が、絆が、切れる。
「あぁ、やっと抜いたわね」
 無垢な笑み。
「──抜かなければ、あなたを斬ることはできませんから」
 今、わたしはどのような表情をしているのだろうか?
 歓喜?
 悲しみ?
 もう、表情など、感情など無意味だ。
 これから先待ち受けるのは、彼女を殺すという事実のみ。
「それじゃあ、もう少し踊る?」
 社交界の華とも謳われた彼女が、舞うようにして奔りかかる。手には、可憐な花ではなく、冷たい銀の閃光。
 戦慄とともに襲いくる刃に、刀を合わせる。
 奏でられるは、鋼鉄のワルツ。
 鋼と鋼が歌う。
 完璧なるステップ
 望むべくもなかった、二人のダンス
 わたしは、歓喜に身を震わせる。
 徐々に早くなる、鼓動とテンポ。
 ──ついて来られる?
 そんな無言の問いに、行動で返答する。
 輪舞する刀筋。
 終わることない円環。
 絡み付くようにして高みに上る二重螺旋。
 人間としての根源が、今、この瞬間を望んでいた。
 互いの衣服は切り刻まれ、白い肌があらわになっている。
 返り血で、白磁の頬が赤く染まっている。
 深紅のワンピースと、漆黒のドレス
 尽きるのは、どちらが先なのか?
 もし、この場を眺める者がいるのなら、この光景をなんと表現しただろうか?
 想像すべくもない。
 天使に悪魔が戦いを挑んでいる。
 純粋無垢なる天使が、暗黒の悪魔に聖なる一撃を加えようとする。
 振り下ろされる聖剣。
 それは、神なる存在が撃ち落とす鉄槌か。
 悪魔の刀は、神聖な力を受け止めることなく両断される。
 今まで、何合も打ち合ったことなど、まるで夢であったかのように。
 天使の顔が、哀れみの笑顔に染まる。
 そこに、ほんの一瞬の逡巡が生まれたことを悪魔は見逃さない。
 悪魔の右手は、既に半分の刀を握ってはいない。
 代わりにその手の中にあるのは、黒い鉄のかたまり。
 刀のような優雅さもない。
 あるのは、単純に人を殺す機構のみ。
 それ──拳銃が弾丸を放つ。
 初速そのままに、天使を穿つ。
 天使の刃が止まる。
「こんなっ!」
 いや、刀は止まらず、悪魔に追いすがる。
 悪魔──わたしは、どこまでも冷静だった。
 左手が、もう一挺の拳銃を掴んでいる。
 引き金を引くたびに、激鉄が銃弾を叩き、銃身を加熱させながら鉛弾が旋回し、空気中に硝煙の香りと破裂音を響かせ、天使──彼女の肢体に赤い花を咲かせる。
 天上の音楽の終わりは、地べたを這いつくばる悪魔の囁きが終わらせる。
 連続する銃声。
 止まることない、暴力の道化<violent swindle>。
 右手に握った銃のスライドがオープン
 続いて、左手の銃も弾が切れる。
 立っているのは、わたしだけ。
 彼女は、ひび割れたアスファルトに赤い水たまりを作っていた。
「あれ? 私──」
 茫洋とした視線は、わたしをとらえているのか?
「終わりです」
 足首からリボルバーを取り出す。
 激鉄を起こす。
 六分の一廻る。
 それが、最後の回転。
 そして、最後の銃声が、天使を蒼空から撃ち堕とした。
posted by 言人 at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月09日

ss14

#ss14

 師走。故郷では、もう十分な量の雪が降っているだろうが、遠いこの街では、まだひとかけらの雪も見てはいない。まさか、二年も続けて全く降らないと言うことはないだろうが、近年の異常気象では、この雪が降らないというのが当然のこととなってしまってもおかしくはないだろう。
 しかし、そんな地球人類の問題の前に、僕には自分自身の問題が大きく立ちふさがっていた。いや、この季節にひとりでいると言うことは、僕にとっては格別めずらしいことではないし、今更どうこういうほどのものではない。とは言っても、それが今の状況に無関係かと言うと、そういうわけではなく、むしろ、大いに関係があると言ったほうが良いだろう。つまり、どういうことかというと、今の僕は、今年のクリスマスを意中の人と過ごすべく、思い切って告白してみたが、残念ながらふられたあとであり、こうしてひとり午後のコーヒーショップで寂しくブレンドをすすりながら、孤独を噛み締めているところなのだ。
 僕だって、木石ではないので、それなりに恋だってしてきているし、好きになれば必ず結ばれると言う訳でもないのを知っている。現実はハッピーエンドが待っている安いドラマじゃないし、予定調和ばかりの三文小説でもなければ、答えのわかりきったゲームでもない。いくら経験しても、決して慣れることのない痛みだらけだ。痛みは、こうしている間にも僕を苛む。友人たちと夜通し酒を飲んでも、笑いながらゲームに興じても、ふとした瞬間に、僕は自分にできた傷の大きさに気がついてしまう。誰かに話せば? それだけのことで傷が癒えると言うのなら、僕はふられたその日のうちに元通りになっていただろう。
 往生際の悪いことに、僕は彼女のことを今でも好きだった。さっさと次の恋を探せば良いのだろうが、あいにく僕はそれほど器用な人間じゃない。どちらかと言うと、不器用なほうだと言っても差し支えない。こうしている間にも、頭の中には彼女のことばかりが浮かんでくる。吐き出すタバコの煙と一緒に、彼女の記憶も空気に解けていけば良いのに、と思うが、それは脳裏に深く刻み込まれていて、何本のニコチンを摂取しようとも、いつまでも残り続けている。
 こんな状態なのだから、まともに文章など書けるはずもなく、目の前に広げたMacのテキストエディタには、まだ1バイトの文字も書かれてはおらず、来週に迫ったサークルの会誌の原稿は絶望的な状況と言っても良かった。
 今から原稿を集めて、クリスマス前にはオンラインで後悔。テーマは「クリスマス」。どうして僕は、そんな企画に賛成してしまったのだろうか? 聴いていれば、何かのインスピレーションを得られるかも、と聴いていたビートルズが「愛は買えないんだぜ?」と分かりきった口をきいている。そんなの知ってるさ。だって、僕はそいつを失ったばかりなんだから。いくら「愛してよ!」「君と手をつなぎたいんだ」と言ったところで、そう簡単には行かないものだ。
 もう、どうせだったら、幸せいっぱいのハッピーエンド・ラブストーリーでもでっち上げてやろうか? 自虐的な考えさえも浮かんでくる。一度考え始めれば、あとはもう書くだけだ。QWERTYに指を走らせる。そして、ヒロインの描写を書きながら、知らずのうちにCtrl+A、そしてDel。気がつくと、ヒロインの姿として彼女を思い浮かべていた自分に嫌悪感。
 彼女は、今でも、僕の耳の中、そして目の中に。
 やっぱりだめだ。今の僕には消化なんて無理だった。時間が過ぎて、この恋が、あの遠い日の恋と同じようになるまで、ひたすらに膝を抱えているしかない。
 OSをスリープさせて、ノートを閉じる。店を出る前に波立った心を落ち着けようと、タバコに火をつける。
 ――ハートに火をつけて、はドアーズのナンバーだったか。火をつけたら、きちんと最後まで責任を持って消化してほしい。そうじゃないと、後に残るのは、真っ白に燃え尽きた灰色のガラクタだけなんだから。
 自分の心情と燃えていくタバコを重ね合わせるのにも飽きたので、荷物をまとめてコーヒーショップを出ることにする。Macとメモ帳を鞄に入れて席を立つ。トレーの上には、冷めたコーヒーと、山のように折り重なったタバコの死体。

 数歩進んだところで、後ろから呼び止める声。
「あの、これ忘れてますよ」
 その言葉に、初めて隣に座っていた人を認識する。
 方よりも少し下のあたりでそろえられた、まっすぐな髪。軽い栗色の髪と白い肌のコントラスト。モノクロームだった心が、自然の色に染まっていく。細い指には、僕が置き忘れたペンがある。そして、大きな瞳が、窺うように僕を見ていた。
「あの――どうしたんですか?」
 立ち尽くす僕を不審に思っているような声も、その女性の涼やかな響きだと、なぜか気にならなかった。
「いや、なんて言うか……」
 僕は、今離れたばかりのテーブルにもう一度トレーを置いた。
「まだコーヒーが残ってるし、もう少しゆっくりして行こうかなって」
 そして、ごまかすように笑う。
「そんな、コーヒーが残ってるなんて、立つ前に分かってるじゃないですか。もう、面白い人ですね」
 そう言いながらも、彼女の表情に不快感は見られない。
 もう恋なんてしないと誓ったのは、本の数分前のこと。
 移り気、節操なし、浮気性。
 今の僕は、そんな言葉だって甘受しよう。
 この恋が最後になるとは思わない。むしろ、最後になる確率のほうが少ないだろう。でも、僕は恋をせずにはいられない。好きになる気持ちを止められない。
 だから、痛みを恐れずに、傷を忘れることなく進んでいく。
「ええと、ありがとう。これ、大事なペンなんだ」
 彼女から、パーカーのペンを受け取るとき、微かに指が触れた。高鳴る胸。
「もう、そんなに大事だったら、忘れちゃだめですよ」
 僕は、このとき理解した。
 恋をするのに、理由はいらないと。
「うん。今度からは気をつけるよ。
 ところで――」
 そして、恋をしたら、もう引き返せないことを。

"When I fall in love." is over.
posted by 言人 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月01日

SS13

 こんなに寒いのだから、いっそ雪が降ってしまったほうが――そう考える冬夜の街。あてもなく、ふらふらと人ごみを泳ぐ。遠く離れた故郷の街、雪を思い出しては、隣にいたはずの「彼女」を失ったことの大きさを噛み締める。
 自分たちの存在が悪だったのか? 生まれたことが罪だったのか?
 彼女を屠った十字架に問いかけても答えはないだろう。いや、遠い極東まで、遥かな時間と空間を逃げてきた自分には、問いかける資格すらない。
 戯れに、雪色の首筋に牙をたてたとしても、血は喉の乾きを癒すだけで、空虚な心の内までは埋めてくれない。
 眠らない都会は、私にネオンの灯りを投げかける。
 月明りに歩いた、遠いあの日と、汚れた人工の灯りに歩く今日の自分。彼女は、この煌めく街をどのように評するだろうか? 天の輝く星々のように、気に入るだろうか?
 感傷に浸りながらも、肉体的な乾きをとどめることができない自分を嫌悪しつつ、深まりつつある夜を歩く。酒臭い息を吐く中年の男にぶつかり、雑言を背中に受ける。噎せ返るような化粧を施した女が、色目を使う。しかし、それは心を全く動かさない。飢えに己の主義を曲げるほど、落ちぶれてはいないつもりだった。──今の自分に、プライドなど必要のないものだと、自嘲を繰り返す。
 人の溢れる師走の大通りを避けて、冷たい空気が積る路地に足を踏み入れる。靴の下で鳴るアスファルトの欠片が、あの日に踏みしめた砂利の感触を思い出させる。こんなに遠くまで来ても、まだ私の精神は、あの日の古城にしがみついたままだ。
 幸せだった二人の生活。穏やかだった日々。
 あと少し、届かなかった手。
 うずくまる彼女。
 ──脳裏に浮かぶ光景と、目の前の景色がシンクロする。
 黒く絹のように流れる髪。処女雪のように透き通る肌。夜の深い部分を汲み取ったような、黒いドレス
 その女性に静かに近づく。
 足音に気がついたのか、顔を上げてこちらを見上げる。
 泣きはらした赤い目。柔らかな頬に、ひと房、髪がかかっている。
「誰?」
 問いには答えず、彼女の隣にしゃがみ込む。
 冷めた、怯える頬に手を伸ばす。
 あの日、届かなかった、触れられなかった、その頬に。
 愛おしいと思っているのか。決して、取り戻すことのできない過去を懐かしんでいるのか。曖昧になっていく。
 私の複雑な表情を見ていた彼女の顔が変わる。
 不審から、慈愛をたたえた女の顔へと。
 添えられた指は、白く、細い。
 そして私は、彼女を抱き、彼女に抱かれて、首筋を遥かな河のように流れる動脈に牙を突き立てた。
posted by 言人 at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月13日

light weight text008

 駅からの道を歩く。
 空では、まあるい月が薄い雲を照らしている。
 こんな夜だから──
 そんな言葉が浮かんだ。
 ゆっくりと苛まれる精神。
 じわりと傷んでゆく身体。
 急に、彼女の声が聞きたくなる。
 突如、線路を疾走する電車が魅力的に思える。
 こんな夜だから──
 そのあとに、僕はどんな言葉を続けようとしたのか?
 その答えは出ることのない、夏の夜。
posted by 言人 at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月24日

その時に

──「彼」と、あの頃のボクたちに

 時計の針は、すでに午後十時過ぎを指していた。
 同僚を送り出したのが午後七時頃だった。それから三時間近くも、ひとりでPCのディスプレイに向かっていたという事実に気が付いて、溜息をついた。翌週に控えた東京出張で必要となる資料の準備だった。
 今日はこれくらいにして、明日、少し早めに来てやれば──と考える。
 早く来たとしても、また新たな仕事が次から次へと積み重なり、結局今日と同じくらいの時間まで働くことにはなると思うが、それでも、一度切れてしまった集中を再度元の状態に持っていくのは至難の業だ。そして、精神だけではなく、身体も悲鳴をあげている。肩は拘束具をつけられているかのように固まり、ディスプレイの文字は、目をこらさないと霞んでしまって、まともに判別できない。
 ぬるくなった缶コーヒーを飲み干しながら、OSをシャットダウンする。
 デスクの上を、簡単に片づける。
 売り上げのグラフを印刷したものをクリアファイルにしまったところで、卓上の電話が鳴った。
 こんな時間に?
 疑問に思いながらも受話器を持ち上げる。
「はい、H保険事務所です──」
 それは、時と場所を選ばぬクライアントからの呼び出しの電話だった。
 腕時計を見ながら、今日何度目かの溜息をつく。
 これから、クライアントの元へ向かい、手続き書類を作成して……家に帰るころには日が変わっているだろう。手早く、携帯電話から妻にメールを送る。
 結婚してから早半年。もう、何回今夜のような寂しい夜を過ごさせてしまっているだろうか。申し訳なさと、仕方のないという思い。こうして忙しいのが、自分の仕事なのだから。彼女も、こういうものだと理解した上で、自分との結婚を了解してくれたのだ──自分にそう言い聞かせる。
 引き出しから、車のキーを取り出し、事務所をあとにする。
 電気を消し、鍵を閉める。
 クライアントに寄ったあとは、直接家に帰ろう。
 書類などは、明日の朝に処理すれば問題ないだろう。
 事務所の駐車場に停めてある自分の車に乗り込む。
 スポーツタイプの車。キーを回すと、低いエンジン音が唸りを上げる。
 鼓膜と足裏から感じる回転数をタコメーターで確認する。
 軽くレッドの手前までふかしたあと、エンジンと心を落ち着ける。
 静かにクラッチを繋ぎ、アクセルを踏み込む。ゆっくりと、車を走らせはじめる。ウィンカーをあげて、車線に踏み込む。
 この時間の地方都市は、ある程度の幹線道路と言えど、走っている車の数は少ない。自然とスピードが上がっていく。
 何を急いでいるのか。
 何に追われているか。
 子どもの頃から見知った風景が流れていく。
 父親がやっていた仕事を、そのまま受け継ぐのが当然だと思っていた。いや、何度か反抗もしたが、結局はそのようになった。
 今の自分に不満はない。
 むしろ、満足している。
 仕事は順調だ。
 市の青年会議所メンバにもなった。
 結婚もした。
 両親に孫の顔を見せてやれる日も遠くはないだろう。
 幸せ。それは、こういう日々のことを言うんだろう。
 確かに、仕事は忙しい。今日のように、妻の顔をほとんど見られない日も多い。
 けれど、二人は愛し合っている。それに偽りはない。
 少ないながらも休日もあるし、それなりの稼ぎもある。
 それでも、一瞬、何かの折に思うことがある。
 今の自分は、本当にあの頃思い描いていた自分か? と。
 この街を、縦横無尽に走り回った子どもの頃。
 この「街」が「セカイ」で、その「セカイ」の中で、自分たちが「物語」の「主人公」だった。
 自分は、今でも「セカイ」の中心で「物語」の「主人公」でいられるのか?
 今の自分は、国中に何人いるかもわからない、十把一絡げの保険屋のひとりだと自覚している。そんな自分が、「物語」の「主人公」?
 どんなプロデューサーも見向きもしないような、ありふれた自分の人生。
 ひとは誰もが特別? 「セカイ」に「ひとつだけ」の花?
 なら、お前は道ばたに咲く花を、ひとつひとつ見分けることができるというのか?
 嘘。
 ごまかし。
 偽善。
 そんな塗りつけられた人生の向こうに、確かに、自分が「セカイ」の「中心」だった子どもの頃が見えている。
 例えば、あの公園──真ん中に置かれた不格好な遊具は、仲間たちの秘密基地だった。
 そして、これから侵入していくトンネル。
 まだ、建設中だったトンネルに入り込んで、わざわざ狭い空間で野球をした。
 今にして思えば、ドーム球場のつもりだったのかもしれない。
 仲間たちの歓声と、打球がコンクリートの壁に、天井に乱反射していた。
 暗いトンネルの中と、夏の、抜けるような青空。
 冬になる頃には、トンネルは閉鎖され、仕上げの工事が始まっていた。
 ほんのひと夏だけの、遊び場だった。
 ここを走るたびに懐かしく思う。
 あの頃の──自分が確かに自分であった頃を思いだす、数少ない場所だった。
 唐突に、衝撃。
 ハンドルが取られる。
 右の前タイヤがバーストしている。
 パンク? 何か踏んだか?
 考える暇もなく、壁が近づく。
 遊んだ頃にはなかった、ガードレールに鉄製の防護壁。
 衝撃は一瞬だった。
 どこを打ったのかわからない。
 けれども、目が、よく見えなかった。
 音も、よくわからない。
 ──意識が遠くなるというのは、こういうことなのだと気が付く。
 車は、ガードレールを突き破り、鉄の防護壁を引きはがし、その下にあるコンクリートの壁に傷を付けていた。
 あの頃──白球をぶつけていた、あの壁だ。
 最後、彼らと会ったのはいつだっただろうか?
 ああやって、無心に遊んだのは、いつだっただろうか?
 もう、思いだす時間はない。
 ああ、消えていく。
 これが、死ぬということなのだろうか?
 妻に、両親に、友人たちにお別れを。
 そして、あの日の、「セカイ」の「主人公」に「さよなら」を。

 こうして、僕の「セカイ」──「物語」は終わる。

"Last Drive"is over.
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2007年07月16日

習作:HTP006

 それは、どこからやってくるのか? ボクは、ずっと「それ」を待っている。天上から、光のように降ってくるのか? それとも、空気のように、そこらあたりに浮かんでいるものなのか? もしかすると、地面に埋まっていたり、川を流れているのかもしれない。しかし、ボクは、まだそれを見つけられずにいる。待っていれば、手に入れられるのか? それとも、自ら作り上げなければいけないものなのか。「それ」は、ボクの手には創り出せないような類の「もの」に思えた。だから、ボクは「それ」を待っている。わからない。こうしていて、「それ」が手にはいるのかどうか。疑わしい。夜の道を歩く。線路沿い。「世界」を内包した電車が通り過ぎる。それは、社会であり、文明である。のたうつ轟音に、ボクは文章を作り出そうとする。悪い癖。文章を作ると言うことは、そこに何らかの「意味」を見つけようとする行為。そうではない。必要なのは、「そこ」にある「何か」を、そのままにして写し取るという行為ではないのか。そう、「絵画」ではなく「写真」のような、一瞬を切り取った文章が必要なのではないのか。しかして、それは文章か? 言葉の羅列ではないのか? いや、そこに──単純な事実の羅列、主観を交えぬ風景の描写、細部にまで行き渡るテキストの描写──そのようなものの中にこそ、真の小説というものは生まれるのではないだろうか?脳髄を痺れさせるような言葉が欲しいのだ。難解な単語を並べたものではなく。平凡で、小学生でも知っている、けれど、ボクの心を根こそぎ奪ってしまうような言葉が。反復する現象。思考と風景がリフレインをはじめる。視覚と聴覚、触覚に齟齬が生じる。──思考なんて、ずっとずれたままさ。自動人形のように歩を進めながら、うっすらと浮かぶ欠けた月を眺め、ブレイクビートにからみつくベースの音を聴き、思考は流れ出る妄想をとどめようともしない。通り過ぎた電車が、先のカーブで横転し、現れる阿鼻叫喚。道の真ん中に飛び出して、車に高く跳ね上げられるサラリーマン。前を歩く女性は、これから自宅の浴室で手首を切る。そして、ボクはこれから通る線路で、貨物列車に五体をバラバラに砕かれる。燃える街。その火を、川からあふれ出した水が消し止める。天上の楽団は、高らかにロックンロールスウィンドル。それでも、夜闇は静かだった。ボクは、まだ「それ」を待っている。ねっとりとまとわりつく、六月の空気。家路を急ぐ、平和な人たち。昨日も、明日も、この世の中が平和でありますように。祈りのあと、ボクは、ボクは──もう一歩、先へと進み、堕ちた虫を見つめ、耳元のアジテーションに気分を高揚させ、出てくるものもないままに、空虚な妄想の中にいた。本当は、こうなるはずじゃなかった、と思いながら。可能であるならば、今度は、ボクにもまっとうな生活が送れますように。規則正しい生活、周囲には笑顔を振りまき、誰からも愛される。自分には厳しく──人にはもっと厳しく。休みには、友人と遊んだり、同僚とゴルフに行ったり。もちろん、恋人と過ごす大切な時間は忘れない。健全であれ。ただ、穏やかに。妄想などすることなく。現実をしっかりと見つめる。もう、逃げ込まない。穏やかに。穏やかに。穏やかに。「それ」など求めることのない人生を! ボクは、結局そう考えている行為そのものがすでに、平穏で健全な精神の所行ではなく、病んだ妄想の果てであることに気づき、絶望と共に前を通り過ぎる通勤電車を見送った。夜は長く、人生は短い。しかし、どちらも、まだ終わりそうにはなかった。
posted by 言人 at 21:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月04日

習作:HTP_005

 突き動かされていくのは、なぜだろうか? 読んだばかりの文字列が、ぐさぐさと脳裏を切り刻んでいく。ボクは、こうして、文字を綴っていくしかできないのか。それとも、? ああ、だから、どうしたらよいのかわからない。フラッシュバック。おぼろな月。夜の花。焦燥感。轟音に身を包まれて。書くことの意義。意味はないのだろうけれど。それでも、書き続けるのはどうしてか? 自分の存在のため? 誰にも読まれない小説を! いや、少なくとも、ボクは読む。ひとりで書いて、ひとりで読む。午前二時のサイクル。浮かぶ。彼女の、泣き出しそうな顔。気丈な声。手をさしのべられない、ボク。一日の出来事が、走馬燈のように。連続する。細切れになる思考。パラレル。同時連続多発的に。文字列──轟音──冷えた夜の空気──タバコの煙──切ない顔──────そして? リフレインする言葉。饒舌に流れるギターソロ。考えない。考えなど及ばない。論理的になる。錠剤。傷は、無い。思いだす、あの日の夜。そう、いつも、夜だった。たったひとりで、暗い闇の中。光るモニタ。文字を打ち込み続けた。それが、無駄になることも知らず。いったい、何を書いてきたというのだ? それが、何になった? ボクは、誰だ? 何を問う? ああ、だから、こうしているのか。文字列を並べる。今、できることはそれだけだから。いや、そうなのか? こうしているうちにも、どこかで、何かが起こっている。これは、いったい何なのだ? 追いつめられる、追われる。感覚が、初期衝動。加速していく。BPMは? まだ、遅い。速く速く速く速く! 止まることを知らずに、停滞などとは無縁で。未来指向など知らず、鎖に繋がれる。もし、ボクが間違っていないのなら? 全ては、あるべきところにある。けれど、ボクはきっと間違えて居るんだ。朝の光を。夜の闇を。春の木漏れ日を、夏の太陽を。凍える冬の、冷たい空気。雪。白い。埋め尽くす。アルペジオの、優しい旋律が。だから──だから? そうやって、何かを理由にしようとする。それが、理由であるかもわからないのに。全て、何かのせいにする。外的要因。これは、ボクの内的要因により引き起こされている事態だというのに。自殺した文学者の顔が浮かぶ。ボクは、彼のようにはなれない。天才。それは──。安静な暮らしを。何事もない、悲しみも、苦しみも、驚きも、感動も、喜びも、焦燥も、切なさも、何もない暮らしを熱望する。飢えているのだから。まだ、終わらない。永遠。それは、こうして書き続けているテキストデータの、その先にあるのだろう。バイトの向こう側。見えない場所──みたくはない場所。目を背ける。そこに、ボクがこうして書いている理由があるのだから。電子データごときに。ボクは、電子データごときに、愚かな精神を千々に乱されている。弱いから。たった、あれだけの文章に、ボクの心はもろくも崩れ去ろうとしている。愚かだと笑えばいい。けれど、ボクにとってはそれが真実であり、隠しようのない事実となっている。全ては、ボクが悪い。まっとうに生きてこられなかった、ボクが。責めならいくらでも被う。全ては、ボクがやったことなのだから。名探偵が、犯人を指摘するように、ボクは己の罪を告発しよう。感傷に囚われた、哀れな心を救うものなど居ないのだから。これは懺悔なのか。それとも、告発文なのか。いや、そんなのどちらでも良い。ようは、その内容でボクの罪を暴き立てていれば、それで良いのだから。ああ、ごめんなさい。あの日、ボクは、こうして何かを書いていた。確かに、書いていたはずなんだ。でも、今となっては、それが思い出せない。どうしても、誰かに届けたかった思いがあるはずなのに。今、こうして、実際に誰かに届けるときになって、それが何かを忘れてしまった。とても大切な何かだったと思うんだけれど。ごめんなさい。あの日の言葉たち。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
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2007年03月29日

light weight text006

 ボクは、キミからたくさんのものをもらった。
 例えば、日だまりの中にいるような、暖かな気持ちとか、
 例えば、人を好きになる気持ちとか。
 ボクは、キミに何を贈れたのだろうか?
 せめて、キミの中に、たった一行でも言葉を残せていたなら。
 今、切実にそう思っていた。
posted by 言人 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする